生物オリンピックOB/OGによる 予選問題への挑戦のすすめ
まえがき
このページは、生物学オリンピックで過去に出題された予選問題を通して生物学の面白さに触れてもらおうという趣旨で編集されたものです。執筆者は2010年韓国大会出場の栗原、2010年韓国大会・2011年台湾大会出場の三上、2011年台湾大会出場の大塚、久米、松田の5名で、現在は全員が東京大学理科二類に在籍しています。
読者の皆さんは、生物学オリンピックに興味があってこのウェブページにアクセスしたのだと思います。生物学オリンピックへの参加を通じて、みなさんは様々なものに出会えるでしょう。まず、予選の問題を通じて、生物学の面白さに改めて出会うことができるでしょう。問題を解いている最中はさらっと流してしまう問題でも、じっくり考えてみたり、関連する内容を調べてみたりすると、生物学の深い世界が見えてくるかもしれません。そう言われてみても何を考えればいいのかピンとこないかもしれません。このウェブページに掲載するのは2010年から2012年の予選問題についてOB・OGがじっくり解説したものですから、これを読むことでその手がかりが得られるかもしれません。また、予選を突破して本選に参加すれば、生物が好きな全国の同年代の人たちとの出会いが待っています。自分より深い知識をもった人や、自分と違った分野に興味をもっている人との出会いは、とても刺激的なものです。ここで出会った仲間で、今でも交流をもっている人も何人もいます。本選では、試験だけでなく、研究室訪問などのプログラムも組まれています。そこで高校レベルを超えた最先端の生物学と出会うことになります。本選に参加する4日間は、非常に密度の濃いものです。ぜひ予選突破をめざしてがんばってみてください。さらに、日本代表に選ばれれば、国際大会本番までの間に行われる合宿を通じて最先端の生物学により深く触れ、それまで知らなかった分野と出会ったり、日本トップレベルの仲間たちと共に研鑽を積んだりできます。そして国際大会本番では、世界中から集まった生物学好きたちと出会うことになります。生物学オリンピックを通して、皆さんが素敵なものに出会うことを応援しています。
質問を受け付けています
このページの内容や これまでに出題された問題や生物学オリンピックについての質問をお寄せください。生物学に挑戦する生徒や それを指導する先生がたからの質問や意見を歓迎します。
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2013年10月27日
松田 洋樹
自分が選んだ2010年問12と問37は、どちらも植物に関する問題です。
元々昆虫や動物が好きで生物学に興味を持った自分にとって植物はあまり馴染みがなく植物の進化や生理現象についてもあまり興味が持てずにいましたが、『キャンベル生物学』の植物を特集したいくつかの章を読んだのをきっかけに、一見静的に見える植物の内部での様々な分子の動的な働きや環境の変化に対してうまく対応する手段などの面白さに気付きました。植物への関心が増したことにより、野山や道端に生える植物を観察する機会も増えました。逆に、野山や道端の植物にまず興味を持ってから植物の進化や分子的機構についても関心を抱く人もいると思いますが、何かに興味を持つにはきっかけが必要だと思うので、この解説が少しでも植物に興味を持つきっかけになることを願います。
2010年 問12
植物ホルモンとは、植物細胞の分裂や生長、分化などに影響を与えることで植物の成長を制御したり、外部の環境からの刺激に応答する過程で用いられたりする物質のことです。植物ホルモンは、生物体のある部分で合成されて標的となる別の部分に輸送され特定の受容体に作用する点やごく微量で大きな変化を引き起こす点などにおいて、インスリンをはじめとする動物体における「ホルモン」と似た性質を持っています。
植物ホルモンの中ではじめに発見されたのはオーキシンです。ダーウィン父子は1880年に、マカラスムギの子葉鞘を用いた光屈性の実験によって、オーキシンが子葉鞘の光が当たらない側に高密度で存在し細胞の生長を促進することを示しました。
各植物ホルモンは作用する場所や発達段階に応じて複数の作用を持っています。例えばジベレリンは茎の伸長や果実の肥大などの作用を持っていて、種無しブドウの栽培において個々の実を大きくするために果実に塗布されています。オーキシンは光屈性の制御や細胞の生長促進以外にも、本問で扱われている頂芽優勢において大きな役割を果たしています。
(解説)
実験1より頂芽が取り除かれると側芽付近でサイトカイニンが合成されること、実験2よりオーキシンが存在するとサイトカイニンの合成が抑制されること、実験3より、側芽にサイトカイニンが作用することで側芽の成長が促進されることがわかります。以上に矛盾しない選択肢は②④なので、答えはDになります。
まとめると、普段は頂芽で合成され茎の下方向に向けて極性移動するオーキシンにより側芽付近でのサイトカイニン合成が抑制されているために側芽の成長が起こりません(頂芽優勢)が、頂芽がなくなるとオーキシンによる抑制が解除されることで合成されたサイトカイニンが側芽に作用し、側芽の成長が促進されます。
2010年 問37
日常的には、緑色をしていて動物のようには動かない生物をまとめて「植物」と呼ぶことが多いと思います。ここではその植物の分類や性質について、詳しく述べます。
植物界の定義については諸説ありますが、ここでは緑藻よりも高等な緑色植物(緑藻、シャジクモ藻類、有胚植物)を植物界に含めることとし、以下、植物界に属する生物のことを「植物」と表記します。(生物の分類については昔から議論が絶えず、定説が定まらないまま現在に至るケースも多く、植物界の定義も例外ではありません。)植物は祖先藻類から進化し、緑藻類、シャジクモ藻類、コケ植物、シダ植物、そして裸子植物と被子植物の順に派生したとされており、ここではこれらの特徴の概観を述べます。
植物の進化的歴史を説明するときに不可欠なのが、世代交代という用語です。特に陸上植物の生活環において、配偶体という多細胞体と胞子体という多細胞体の2つが互いに相手世代を作りあうことを世代交代といい、配偶体は単相で1組の染色体を持ち、配偶体が作る単相の精子と卵(これらのことを配偶子という)が融合し体細胞分裂することで複相の胞子体ができます。それに対し、胞子体は複相で2組の染色体を持ちます。胞子体は胞子を作る世代で、減数分裂によって単相の胞子が作られ、これが分裂を繰り返すことで配偶体へと成長します。
緑藻類は基本的には水中に生息し、単細胞のものも多細胞のものもいます。主要な緑藻類であるクラミドモナスを例にあげて生活環の説明をします。緑藻類の生活環のほとんどが単相で、無性生殖により増殖する際はずっと単相ですが、有性生殖の際には相対する性をもつ個体同士が接合して複相の接合子となり、減数分裂によって単相の個体を複数生じます。
シャジクモ藻類は植物にもっとも近縁とされる緑藻のグループで、水中に生息する多細胞の生物です。日常生活で目にする機会はほとんどありませんが、原形質流動の実験などで用いられることもあります。シャジクモ藻類も生活環のほとんどは単相で、有性生殖の際には精子と卵が作られます。緑藻類では接合子がむきだしの状態で存在するのに対し、シャジクモ藻類においては卵が他の細胞によって保護された状態で精子と接合し複相の接合子となります。
シャジクモ藻類が持っておらずほとんどすべての陸上植物が持つ特徴としては、頂端分裂組織、多細胞の独立した胚、胞子嚢で作られる胞子、多細胞の配偶体などが挙げられます。
コケ植物は陸上に生息する植物で、被子植物などと比べると単純な体構造を持つものの、気孔など陸上生活に適応した特徴を持ちます。コケ植物の生活環も単相の配偶体がほとんどを占め、普段公園や神社の境内で目にする緑色のコケ植物は配偶体、配偶体に寄生するように形成される茶色いものが複相の胞子体です。屋外でコケ植物を見かけたら、胞子体をつけているものがないか探してみてください。
シダ植物では、コケ植物などとは異なり、複相の胞子体が優占します。普段目にし「シダ」と呼んでいる植物体は胞子体で、葉の裏にある胞子嚢で作られているのが胞子です。シダの葉を裏返してみてびっしりと黄色い粒のようなものが見えたら、それが胞子嚢です。胞子は細胞分裂により小さい前葉体となり、前葉体の造精器で作られる精子と造卵器で作られる卵が接合することでできる受精卵から新しい胞子体が成長します。シダ植物は、根から吸い上げた水や光合成により合成した糖を運搬するための維管束組織を持ち、木部の細胞壁はリグニンによって強化されています。
イチョウやマツをはじめとする裸子植物やタンポポやサクラをはじめとする被子植物では配偶体が退化していて、胞子体内の胞子嚢にとどまり、胞子体に守られたまま胞子から発生します。裸子植物であるイチョウやソテツにおいては、花粉から発生する精子は鞭毛を用いて水中を移動して初めて卵にたどりつけるのに対して、それ以外の裸子植物や被子植物においては、花粉から花粉管が伸長し、精細胞はその中を通って卵に辿り着くため、水への依存度は下がっているといえます。
久米 秀明
2010年 問3, 4
なじみの薄い生物が使われており少しひねられていますが、やっていることは高校の授業でもよくとりあげられる実験と同じで、細胞周期について考える問題です。タマネギの根端の分裂組織の細胞で染色体を観察し、間期と分裂期の細胞の割合を計算する、このような実験を経験した人も多いのではないでしょうか?
まずは体細胞分裂の細胞周期について確認します。細胞周期は大きく
- G1期(Gap1): DNA合成準備期
- S期(Synthesis): DNA合成期
- G2期(Gap2): 分裂準備期
- M期(Mitosis): 分裂期
という4ステージに分けられます。「DNAを2倍にふやしてから(S期)、2つの細胞に分かれる(M期)。その準備のための期間がG1期とG2期」というイメージでとらえると良いでしょう。
この実験の面白さは、ユープロテスという少し変わった生物を用いているところにあります。普通の細胞、たとえばタマネギの根端の細胞を用いて染色体を観察しても、G1期、S期、G2期を区別することはできません。しかしユープロテスの大核に注目すればこれら4ステージを顕微鏡による観察で簡単に区別することができます。
問題の解説をします。問3について。前述の4ステージのイメージがつかめていれば簡単です。細胞が2つに分かれようとしている②がM期。チミジンが取り込まれる③がS期。G1期とG2期では分裂したてのG1期の方が小さいことを考慮して、①がG1期で④がG2期。よって答えはBですね。なお、チミジンはDNAを複製するときチミン「T」の材料として使われます。ここでアデノシン(アデニン「A」の材料)やシチジン(シトシン「C」の材料)、グアノシン(グアニン「G」の材料)を用いてはいけません。A,C,GはRNAにも含まれるので、これらを用いるとDNAの複製だけでなくRNA合成も検出してしまうことになるからです。RNA合成に用いられないチミジンの取り込みを観察することで、DNAの複製のみを検出することができているわけです。それでは逆にRNAの合成のみを検出したければ何を用いるのが適切でしょうか?考えてみましょう。ヒントは「RNAにあってDNAにない塩基」です。
2010年 問4 について
観察しているユープロテスたちの細胞周期はランダムです。だからある一瞬を切り出したとき、「観察した全細胞数に対する各ステージの細胞数の割合」は、「細胞周期全体が1回転するのに要する時間に対する各ステージが要する時間の割合」に等しいはずです。よくわからない人は次の例を考えてみましょう。もし我々人間が洞窟に閉じ込められて、太陽の昇り沈みに関係なくみんな思い思いに(つまりランダムに)生活している、しかし一方で全員の睡眠時間は6時間きっかり・起きている時間は18時間きっかりに決まっているとしましょう。ある時点で100人について寝ているか起きているかを集計すれば、おそらく100人×(6時間)/(24時間)の25人くらいが寝ており、100人×(18時間)/(24時間)の75人くらいが起きているはずです。今回の実験の考え方もこんな感じです(この例では24時間が細胞周期全体が1回転するのに要する時間に対応するわけです)。
S期の細胞の割合は139÷(291+24+139+46)=0.278で、S期が5時間だから細胞周期全体は5÷0.278=約18時間となり、答えはFとなります。
僕は高2の夏に1次予選の会場でこの問題を解いたわけですが、実はその後自分で実際にユープロテスを用いて同じ実験をやってみました。実際にやってみるとユープロテスをさかんに分裂している状態にするのが難しかったり、大核と小核以外にも色々なものが染まってしまってよくわからなくなったり、G1期とG2期の区別もはっきりしなかったり…と様々な問題が出てきて、克服するのはとても大変でした。しかしとても小さな小核やS期に見られる複製帯を観察できたときはやはり感動しました。そういうわけで僕にとっては思い入れがある問題です。
ユープロテスは岩国市立の「ミクロ生物館」というところに問い合わせると割と安く購入することができます。あとは学校で顕微鏡とスポイトと染色液(酢酸オルセイン)さえ借りれば実験は簡単に始めることができます。紙の上で問題を解いているだけでは分からないこと、感じられないことはたくさんあると思います。たまには本から顔をあげて、自分の手を動かして、なまの生物に触れるのも悪くないんじゃないかなぁと思います。
2010年 問19, 20
問19が神経伝達物質についての基礎知識、問20がその働きに関する実験考察問題です。
まずは問19。「副交感神経や運動神経にもみられる神経伝達物質」ときたらアセチルコリン、と反応したいところですね。答えはEです。神経伝達物質やホルモンについてはなかなか複雑ですし、「覚えるしかない」と割り切らなければならない部分もかなりあるので、僕も一度体系的に理解・記憶するまでは苦労させられた覚えがあります。このあたりの知識を定着させるコツは知識を有機的に関連付けながら覚えることです。例えば、今回出てきたアセチルコリンから連想ゲームを始めてみましょう。
アセチルコリンは副交感神経で働く神経伝達物質だな(ちなみに厳密には交感神経でも用いられているのですが)→一方で交感神経で働く「神経伝達物質」はノルアドレナリンだった→ノルアドレナリンと似てる「ホルモン」(神経伝達物質ではない)のアドレナリンは副腎髄質から放出されるんだったな→副腎髄質じゃなくて副腎皮質から放出されるホルモンには糖質コルチコイドがあって、血糖値をあげる作用をもっていたね→血糖値を上げるホルモンは他にさっき出てきたアドレナリンと膵臓のランゲルハンス島から分泌されるグルカゴンがあるな→逆に血糖値を下げるホルモンはグルカゴンと同じ膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリンだったね→…(つづく)
このように有機的に関連付けながら覚えた方が定着しやすいかと思いますし、またより深い理解が得られるはずです。生物は神経伝達物質やホルモンを用いて巧妙なシステムを構築し、環境の変化への対応、さらには恒常性の維持を実現しているわけです。全体のシステムを常に意識し、一つ一つの神経伝達物質・ホルモンがそのシステムにどう関わっているのか考えながら覚えれば、きっとあまり苦労することなくこれらの知識を定着させることができるのでは、と思います。
次に問20。問題自体はさほど難しくないですが、実験考察問題を解く場合に必要不可欠な、「えられた結果の違いとその違いを引き起こしうる原因を対応させる」という手順の確認になるかなと思って取りあげてみました。本問を例に考えてみましょう。「得られた結果の違い」は「条件Ⅰではニューロン新生がさかんに起き、条件Ⅱ、Ⅲではさほど起きなかった」というものです。条件ⅠとⅡを比較すれば、条件の違いは運動させたか否かですから、これが「結果の違いを引き起こしうる原因」となります。本問ではさらにアセチルコリンが「結果の違いを引き起こしうる原因」となることを示す必要がありますから、条件ⅠとⅢの違いは、アセチルコリンがあるか否か、だけにしなければなりません。よって答えはEとなります。
「このような条件で実験したらこのような結果がでたが、これはどのようなことを示すか?」という問題に比べると、本問のように逆に「これを示すためにはどのような条件で実験してどのような結果を得る必要があるか?」という問題の方が少ない印象があります。しかし前者と後者は「得られた結果の違いと原因の対応」さえ身に付いていれば本質的には同じもので、また実際の研究の多くは、仮説をたててそれを検証する実験計画を立てる、という手順を繰り返して進んでいくわけですから、前者ができて後者ができない、というのはおかしな話です。複雑な実験系でも「得られた結果の違いと原因の対応」を意識して見失わないように気をつけると客観的な正しい考察ができるかなとおもいます。
栗原 沙織
2011年 問18
この問題は捕食者と被食者の個体数の変化のモデルであるロトカ・ヴォルテラの捕食式を扱っています。筆者が現在興味を持っていることは、数理生物学のような、生物における現象を数理モデルを用いて検証するというアプローチです。高校レベルだと、あまり生物で数式が登場するイメージはないでしょう。実際、筆者はそうでした。しかし、国際生物学オリンピックの訓練合宿で講義を受けた中で数理生物学という分野を知り、生命現象も数理モデルで再現することができると知って感動したものです。ところで、生態学において、生物の個体数の変化を数式で表すことがよくなされます。その一つがここで扱われているロトカ・ヴォルテラの捕食式です。この問題では数式に関する知識は求められていませんが、興味深い内容なので解説します。
まず、被食者が増えれば捕食者が増え、捕食者が増えれば被食者が減り、被食者が減れば捕食者が減り、捕食者が減れば被食者が増える…というように、捕食者の個体数が被食者の個体数を追いかけるように変化することは直感的にわかるでしょう。これを数式で表したのがロトカ・ヴォルテラの捕食式です。
まず、被食者について考えましょう。捕食者がいなければ、被食者の個体数の増加速度は被食者の個体数に比例すると考えられます。被食者の個体数をN、比例定数をrとすると、
(Nの増加速度)= rN
と表せます。捕食者がいるとき、被食者の個体数は捕食されることで減ります。捕食者が多いほど捕食される数は多くなり、また被食者が多くても捕食される数は多くなるため、捕食される数は被食者の個体数と捕食者の個体数の積に比例すると考えられます。捕食者の個体数をP、比例定数をaとすると、
(Nの増加速度)= rN – aNP
と表せます。Nの増加速度は負の値もとることに注意しましょう。
つぎに、捕食者について考えます。被食者がいなければ、餌がないのですから、数は減っていき、その減少速度は捕食者の個体数に比例します。比例定数をqとすると、
(Pの増加速度)= – qP
と表せます。被食者がいるとき、捕食する数に比例して捕食者の個体数が増えると考えられます。捕食する数はaNPですから、比例定数をfとすると、
(Pの増加速度)= faNP – qP
と表せます。
ところで、ある変数xの時間tに対する増加速度は、微分係数 で表されます。まだ微分を数学で習ってない人もいるでしょう。今は「そういうもの」だと思っておいてさしつかえありません。この表し方を用いると、被食者と捕食者の個体数の変化は次のように書けます。
これがロトカ・ヴォルテラの捕食式です。
今からロトカ・ヴォルテラの捕食式を詳しく見ていきましょう。個体数が増加から減少に移るとき、あるいは減少から増加に移るとき、増加速度が0となる時点があります。増加速度が0となる条件を調べることは、個体数の変化の様子を探る手がかりとなります。上の式の左辺に0を代入すると、P = r/a で被食者の個体数Nの増加速度が0となり、N = q/fa で捕食者の個体数Pの増加速度が0となることがわかります。これを、横軸にN、縦軸にPをとった座標で考えると、被食者の個体数Nは P < r/a では増加し、P > r/a では減少します。捕食者の個体数Pは N < q/fa では減少し、N > q/fa では増加します。その様子を表したのが図1です。捕食者が多いときに被食者の個体数が減少し、被食者が多いときに捕食者の個体数が増加する、という直感的な理解に一致する結果が得られました。
これらを重ね合わせた様子が図2で、問題中のグラフです。
時間を横軸、被食者と捕食者の個体数の変化を縦軸にとったグラフが図3です。被食者の個体数を捕食者の個体数が追うようにして振動していることがわかるでしょう。
問題の選択肢について考えましょう。①、②について、Yの個体数がXの個体数を追うように変化していることから、Xが被食者、Yが捕食者であるとわかり、選択肢②が正しいとわかります。③~⑥については④、⑥が正しいことがグラフから読み取れるでしょう。
参考文献 『生態学入門』 日本生態学会編 東京化学同人
JBO 2011年 問21
この問題ではカイコガのフェロモンに対する反応が扱われています。カイコガのオスはメスのフェロモンを感じ取ると、羽ばたきながらメスに向かって歩いていきます。生物が特定の化学物質に向かって運動する性質を化学走性といいますが、どのようにしてその化学物質の源にたどり着けるのでしょうか。昆虫は小さな動物ですが、生き残り繁殖するためのさまざまなしくみが備わっています。そのなかでも、ガのフェロモンに対する走性について紹介しましょう。
まず、問題について解説します。実験Ⅰより、フェロモンを感知するのは触角であることが示唆されるから、①は否定されません。また、実験Ⅱより、フェロモンによる羽ばたきが、触角の感覚ニューロンから脳を介さずに運動ニューロンにつながるような反射ではないことがわかるから、②が否定されます。さらに実験Ⅲより、羽ばたき反応には脳からの指令が関与することがわかるから、③は否定されません。実験Ⅳより、脳からの指令が無くても脚からの刺激により羽ばたきが抑制されることから、この抑制は反射行動と考えられ、④は正しいとわかります。実験Ⅴや問題文中で示されるとおり、通常の羽ばたき行動は脚からの刺激で抑制されるが、フェロモンによる羽ばたき行動はその抑制を受けないため、⑥は否定されます。
さて、カイコガを含むガのオスがどうやってフェロモンの発生源であるメスのほうに向かっていくのかを紹介しましょう。フェロモンを感じ取ったオスは、風上に向かってジグザグに飛行(カイコガの場合は歩行)します。フェロモンと接触している間は風上に向かって斜め方向にまっすぐ飛び、フェロモンを見失うと細かくジグザグ飛行をし、再びフェロモンに接触するとまっすぐ飛ぶ。これを繰り返すことで、フェロモン源に向かってジグザグに飛行することになります(図1)。このような、風上や上流に向かってジグザグに進むことで匂いの発生源を探す行動は、鳥や魚、エビなどでも見られます。
ところで、ガのフェロモンは、空気中を拡がっていくとき、小さな多数の塊となって浮遊します。つまり、メスに近いほど連続的に濃度が高くなっていく、というものではありません。だから、単純にフェロモンの濃度が濃い方向に向かえばいいというものではないのです。では、どうすればメスのほうに向かうことができるのでしょう。ガにおいてこのようなジグザグ飛行(歩行)を実現させる行動プログラムは、カイコガでよく調べられています。カイコガのオスに一度だけフェロモン刺激を与えると、はじめ刺激を受けたほうに進んだのち、小さなターンから大きなターンへとジグザグ歩行を行い、その後はループ状に歩きます。フェロモン刺激を受けるたび、この一連の行動がリセットされて最初から繰り返されます(図2)。フェロモン刺激の頻度が十分高いとき、つまりフェロモンの小さな塊が周りにたくさんあるときは、はじめのまっすぐな歩行が繰り返されることでまっすぐ進み、フェロモン刺激の頻度が低くなると、細かく方向を変えながら歩くようになります。これが繰り返されることによって、はじめ述べたように大きなジグザグを描きながらフェロモンの発生源であるメスに向かって進むことができるのです。
参考文献 『昆虫―驚異の微小脳』 水波誠 著 中公新書
三上 智之
2011年 問26
遺伝の法則の裏には、遺伝子の働きが潜んでいます。遺伝を扱うときには、常にその表現型を生み出す遺伝子の発現状況を考えなければいけません。
ALDHについては、遺伝子型がAAである人はお酒に強いのに対し、AG・GGである人は共にお酒に弱く、GGは特にお酒に弱いといわれます。つまり、ALDHの遺伝は不完全優性であるのです。ALDHが、どのようなメカニズムでこのような表現型を示すのか考えるのが本問題です。
まず、母親のALDHのうち、活性をもつものの割合について考えてみましょう。母親はAタイプのサブユニットの遺伝子をホモで持っていますから、生産されるALDHのサブユニットはすべてA型となります。すると当然、母親がもつすべてのALDHタンパク質はAサブユニットで構成されますから、母親のALDHはすべて活性を持っていると考えられます。
では、子供の場合はどうでしょうか。AタイプとGタイプのサブユニットの遺伝子をヘテロで持っていた場合、これらのサブユニットは細胞内で等量ずつ生産されることになります。つまり、ALDHのサブユニットのうち1/2がAタイプ、残りの1/2がGタイプとなるわけです。ではこのとき、これらのサブユニットが4個組み合わさってできるALDHタンパク質の活性はどのようになるでしょうか。本文に示されている通り、「この酵素は4つのサブユニットがともにAタイプで構成されているときだけ活性をもつ」のですから、ALDHタンパク質がすべてAタイプのサブユニットで構成される確率が、全ALDHのうちの活性をもつALDHの割合となるのです。
ここまでわかると、もう簡単です。ALDHタンパク質がすべてAタイプのサブユニットで構成される確率は、Aタイプのサブユニットの割合が1/2なのですから、(1/2)^4=1/16となります。先ほどみたように母親のALDHは、すべて活性を持つはずですから、生産されるALDHの量が母親と子供で同じであると考えると、アルデヒドの分解活性は、母親:子=16:1(F)となると考えられます。
さて、このように考えると、ALDHについて、遺伝型がそれぞれ、AAである人の活性:AGである人の活性:GGである人の活性=16:1:0となると考えられます。これはまさに、ALDHの遺伝が不完全優性であるということですね。
2012年 問5
ミトコンドリアでのATP合成は、クエン酸回路、電子伝達系、ATP合成という三つの過程に分けることができます。この問題を考えるには、三つの過程が,ミトコンドリアのどこで、どのように起こっていて、互いにどう関わりあっているのかを把握しておく必要があります。慣れないうちは,教科書や資料集の図をながめながらでも構いません。問題で取り上げられている物質が,好気呼吸の進行に伴ってどのように変化するかについて,まずは整理してみましょう。
①H2O:クエン酸回路では消費されますが、電子伝達系ではO2を還元することで生産されます。クエン酸回路での消費より電子伝達系による生産のほうが多いため、全体としてみると、呼吸が進むとH2Oは増加することになります。
②O2:電子伝達系で還元されることで消費されます。
③ATP:電子伝達系により形成されたH+の濃度勾配に従ってH+がミトコンドリア内膜にあるATP合成酵素を通過するときに生産されます。
さて、本文中にあるように、CCCP(Carbonyl cyanide -chlorophenylhydrazone)は、H+が通常通り抜けることができないミトコンドリア内膜を通り抜けることを可能にします(このような作用をもつ物質は脱共役剤とよばれます)。つまり、ミトコンドリアにCCCPを処理すると、電子伝達系でマトリックスからくみ出したH+が、ミトコンドリア内膜から漏れ出て、マトリックスに戻ってしまうのです。これではミトコンドリア内膜の内外にH+の濃度勾配は形成されませんから、ATP合成酵素はATPを合成してくれるはずもありません。一方で、H+の濃度勾配を形成する原因となるクエン酸回路と電子伝達系は、CCCPによりH+の濃度勾配が解消されるため、進行しやすくなります。その結果、H2Oの生産とO2の消費は上昇することになります。これらのことから、答えは(G)であることが導き出されます。
大塚 祐太
2010年 問17, 18
この問題を解いた時にどんな印象を持ちましたか?「難しい」「数学みたいで嫌だ」と感じる人も多いと思います。その一方で、「簡単な計算問題だ」と思った人もたくさんいるのではないでしょうか。
問題文を読んでいくと「○○をxとする」という文が何度も出てきます。一つ一つしっかりと定義をしていて、本当に数学のようです。このような問題に対しては、難しそうな見かけに怯まず、なおかつ「計算」として何となく処理してしまわずに、じっくりとその「意味・イメージ」を考えながら読んでみると面白いかと思います。数式や記号を、日本語や英語などで自分の言葉に置き換えてみると、「意味・イメージ」が膨らみます。図を描いてみるのも良いと思います。(本番の試験ではさらさらっと解いてしまうほうが良いかとも思いますが、自分で勉強のために解くのならゆっくり解いてみるのも良いかと思います。)
では、早速この問題を解いていきましょう。問題文でしっかりと定義をしてくれているのですから、文を一つずつ丁寧にチェックしていくと良いでしょう。
はじめに、登場する生物を確認します。全部で3種類ですね。まず、この問題の主人公は植物です。その植物に害を与えるのが植食者です。その植食者には天敵がいて、この天敵が植食者を食べます。まとめて、「害を受ける生物←害を与える生物」という形で図に描くと、
植物←植食者←植食者の天敵 ・・・(図1)
となります。身近な例ではアブラムシが植食者でテントウムシがその天敵といったところでしょうか。
次に、植物の種子生産量について考えます。例として、植食者とその天敵がいて、植物が化学的防御を行っている場合について考えます。このとき、種子の量はどのようにして決まるのでしょうか。種子生産量が減少する要因としては、問題文中で次の2つが挙げられています。
①化学的防御のコスト
②植食者が与える害
まとめて式にしてみます。
種子生産量=(本来の種子生産量s※1)-(①化学的防御のコストc)-(②植食者が与える害) ・・・(式1)
※1「本来の」=「化学的防御を行わず、植食者(と天敵)からの影響を受けない場合の」
また、「②植食者が与える害」は「植食者の天敵」と「化学的防御」によって、その量が変わりますね。天敵によって「②植食者が与える害」は減ります。天敵による間接的利益です。(「間接的」といっているのは、植食者の天敵が植物に直接利益を与えるわけではないからです。図1にあったように、天敵が植食者に害を与えることによって、植食者が植物に害を与えるのを間接的に抑えているのです。)
式1と同じように表すと、
②植食者が与える害=(③本来植食者が与える害※2)-(④天敵による間接的利益) ・・・(式2)
ということです。
※2「本来」=「天敵による影響がなかった場合に」
また、化学的防御があると、植食者も天敵もその働きが抑えられます。
よって
③本来植食者が与える害=(化学的防御がないときに植食者が与える害d)-(化学的防御による植食者の抑制q) ・・・(式3)
④天敵による間接的利益=(化学的防御がないときの天敵による間接的利益e)-(化学的防御による植食者の抑制f) ・・・(式4)
となります。
最後に、式1から4をまとめます。(式1に式2を代入し、さらに式3,4を代入します。)
種子生産量= s-c-{(d-q)-(e-f)} (植食者あり、天敵あり、化学的防御あり、の場合)
となりました。
ここからは簡単です。化学的防御がない場合は化学的防御の効果(qとf)の部分を0にすれば同じです。天敵の影響がない場合には天敵に関する④のeとfの部分を0とすれば同じです。
こうすると、(植食者がいる場合の)種子生産量の表がつくれます。
化学的防御をしない個体 化学的防御をする個体
天敵がいない場合 s-0-(d-0) s-c-{(d-q)-0}
天敵がいる場合 s-0-(d-e) s-c-{(d-q)-(e-f)}
ある特徴を持つ個体の割合が増加するのは、その特徴を持つ個体の種子生産量が多くなるときと考えられるので(自然選択説)、化学的防御をする個体の割合が増えるのは、
天敵がいない場合は、 s-0-(d-0) < s-c-{(d-q)-0} すなわち c < q のとき
天敵がいる場合は、 s-0-(d-e) < s-c-{(d-q)-(e-f)} すなわち c + f < q のとき
です。
この結果の意味を考えてみましょう。
天敵がいない場合に化学的防御をする個体の割合が増えるのは、化学的防御のコストcよりも化学的防御の利益qが大きいとき、です。直感的にも納得できる結果ですね。
天敵がいる場合には、化学的防御によって植物の味方である植食者の天敵もダメージを受けてしまうので、その分fをコストcに加えなければいけません。こう考えるとc+f<qも納得できますね。
どうでしょうか。日本語で読んでいるうちに、式の「意味・イメージ」が広がりましたか?もし、まだイメージが湧かないという人がいれば、私の書き方が良くなかったのでしょう。そのときは、私の言葉ではなくて、あなた自身の言葉で「意味・イメージ」を考えてみてください。何か面白い発見があるかもしれません。
2010年 問27, 28
至近要因・究極要因は、行動学において、とても重要な概念です。簡単にまとめると、ある行動について、至近要因とはその行動を直接引き起こす環境刺激や機構のことであり、究極要因とはその行動が進化した理由のことです。
魚aの攻撃行動について、おおまかには、問27で至近要因、問28で究極要因が扱われています。
まず至近要因を考えましょう。問題文中に「①aが他種の魚を区別するのは視覚によるものである」ということが述べられています。また、図1に「②体高比の低い魚はほとんど攻撃されず、体高比の高い魚が常に攻撃されている」ということが示されています。①と②をあわせて考えると、aの攻撃行動の至近要因は、ある閾値よりも高い体高比の魚が見える、という鍵(カギ)刺激であることが推測できます。
次に究極要因です。図2から「③攻撃行動の閾値となる体高比と比べて、肉食魚はより低い体高比、藻食魚と雑食魚はより高い体高比をもつ」という傾向が読み取れます。また、問題文に「④ aは藻類をエサとする」と述べられています。③と④をあわせて考えると、aの攻撃行動は、aと同じ藻類をエサとする別種の魚に、餌資源を奪われないよう食物資源を確保するため、aの生存・繁殖に有利に働くということが推測されます。これが究極要因です。問28の選択肢Dと合いますね。
さて、私は「概念の理解を直接的に試す問題」をみなさんに紹介したかったので、この問題を選びました。複雑な「パズルゲーム的思考力」を要求される問題ではなく、至近要因・究極要因の「概念」を理解していれば、すぐに解ける問題でしたね。
生物学における「概念」について、私の思うところを述べてみます。生物学は(とはいっても生物学に限ったことではありませんが)、「概念(とその概念を表現する言葉)」の重なり合わさったものとみることができるのではないでしょうか。そうすると、生物学を勉強する者にとっては、それらの概念を理解していくことが大切になります。「概念」といっても抽象的ですから、具体的な例を挙げてみましょう。
「至近要因・究極要因」は行動学の「概念」ですね。「生物がある行動をとる理由」という漠然としたものが「至近要因」と「究極要因」の二つのはっきりした「概念」に分けて理解できるのです。私がはじめてこの「概念」を学んだときには、その分け方がとても鮮やかなものに見えました。
「遺伝子」「進化」等のやや漠然としてみえる「概念」もあれば、(ある種の特徴を持つ分子の総称として)「DNA」というやや化学的な概念があり、……。生物を理解するために様々な形の「概念(とその概念を表現する言葉)」が駆使されていますね。生物を「記述・説明する」が生物学であるとすれば、当たり前のことなのかもしれません。しかし、生物学の勉強をしているときや、試験問題を解いているときに、今どのような「概念・言葉」が使われているのかを意識するのは、良いことではないかと思います。その概念の限界(どのようなことを表現している・いないのか)がはっきりとして、考える助けになるかもしれません。