日本生物学オリンピック「生物チャレンジ2010」ポスターについて

デザインコンセプト: 水の惑星と呼ばれるこの地球においてまだ見ぬ多くの生物の様々な生態などに思いをはせ、画面全体は「空・水」共通の「青」を基調にしました。写真の上段部分、曲線は地球のイメージです。その中に絵柄はランダムに、しかし同等の存在感の角版で写真を置き、画面下段は水面にうつる生物をハーフトーンのイメージでしめし、生命の神秘を表現しました。 (ポスター制作者)


ポスターを飾る生物たち

①メダカ近交系Hd-rR-II

この系統はメダカ博士こと故山本時男先生(名古屋大学教授)が遺伝的な性を体色で判定できる系統(雄が赤で雌が白)として樹立された d-rR 系統をもとに、田口泰子博士(放射線医学総合研究所)が近交系化された系統(1980年から系統作出が開始され、現在77代目です)です。人的な性の転換実験やゲノム解析に用いられ、現在では最も良く研究に用いられている系統の一つです。伝統をふまえながら革新を続けるメダカの生物学を端的に示す系統です。(成瀬 清、基礎生物学研究所 岡崎) 

②ミドリムシ

単細胞真核藻類の一種ミドリムシはその光合成による生存に適した光条件を求めて鞭毛で遊泳する「光行動反応」を備えている。そのための「本当の目」は昔から知られているオレンジ色の「眼点」ではなく鞭毛の付け根にある目立たない「副鞭毛体」で、最近日本の 生物学者達によってその中から「宝石」のような素晴らしい光センサー蛋白PAC(パック)が発見され注目を集めている(2002年、ネーチャー誌)。これらの真核単細胞藻類は分裂間期でも染色体が凝縮していたり、細胞内共生により進化して来た 多様性が見られるなど、生物学的にエキサイティングな課題を提供している。(渡邊正勝ほか、総研大 葉山)

③イチョウの花序

このイチョウは、職員であった平瀬作五郎さんによって精子が発見されたことで特に有名です。イチョウには雄株・雌株があり、精子が発見された株は、なんと雌株なのです。秋にはギンナンがたくさん実ります。イチョウの学名のbilobaは、葉の先端が2つに分かれることにちなみます。葉脈は二股の分枝(2叉分枝といいます)を繰り返すのですが、葉の左右の葉脈は柄にある2本がそれぞれの方向に末広がりに広がったものです。(「植物園ホームページ掲載のイチョウの写真から」提供「小石川植物園」)
さて雌花から精子を発見とは、簡単には次のようなことだと思います。イチョウの雌花は剥き出しの胚珠の先端に、珠孔液と呼ばれる液体を分泌しています。ここに花粉が飛んできてつくと、珠孔液に捕らえられた花粉は胚珠の中に取り込まれます。3ヶ月くらいすると花粉管が伸び始めますが、この花粉管は卵細胞までは到達しません。花粉管の中に精子がつくられ、この精子が花粉管から出て、卵細胞まで泳いでいって受精が起きます。雌花で精子を発見というのは、胚珠の液体の中に花粉管から泳ぎだした運動中の精子を見つけた、というものです。植物学会のホームページに、長田敏行先生による解説がありますので、この発見の意義等についてはこちらを参照下さい。  (杉山 隆、 東大

④ロトカ=ヴォルテラの数式

ロトカ=ヴォルテラの数式についてというよりも,もっと一般的に数式とはどのような意味があるのかを考えてみましょう。生物学でも、物理学や化学と同じように、数式は重要な意味を持っています。あるときは、実験結果や観察結果を解析するために使われます。あるときは、生命現象をモデル化し、最も重要な要素は何であるかを探るために使われます。またあるときは、たとえば地球の気温が上昇したときに森林にどのような変化が起きるのかなど、今後起こるであろう現象を予測するために利用されます。このように数式はさまざまな用途をもっています。(田嶋文生 東大

⑤日本産野生マウス系統:

生物・医学研究分野で現在広く使用されている標準的な実験用マウス系統は、主に西ヨーロッパ産野生マウス由来であることが知られています。アジア産野生マウスは、標準的な実験用マウス系統から遺伝的に異なっていることがわかってきました。その中でも、日本産野生マウス由来のMSM/Ms系統(写真)は、全ゲノム解読の結果、標準的な実験用マウス系統と1%の塩基配列の違いがあることがわかりました。形態やその他さまざまな形質も異なるので、生物学や医学の分野で貴重な研究材料となっています。(城石俊彦 遺伝学研究所 三島)

⑥シーラカンス

この写真はシーラカンスをプラスティネーションしたものです。プラスティネーションとは、水分をすべてプラスティックで置き換える操作のことで、京都の吉田生物学研究所により行われました。シーラカンスのプラスティネーションはこの大きな個体が初めてで、稚魚が二番目です。一般的にシーラカンスの保存と展示は液浸標本として行うのが一般的ですが、プラスティネーションをしておくと液体に浸ける必要がなく永久に美しく保存することが出来ます。
シーラカンスの見学は平日の12時から17時ならどなたでも見学可能です。今夏からは天皇がご覧になった標本も展示をする予定です。ご連絡いただければお手伝いをさせて頂きますのでお知らせいただければ幸いです。    (岡田典弘 東工大http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_research/cichlid/coelacanth/

⑦シロイヌナズナの発生・分化の遺伝子機能の解明

高等植物の発生・分化の各過程を細胞単位での遺伝子発現・作用という観点から解明することを目指し、具体的な過程は、シロイヌナズナを用いて栄養成長から生殖成長への切換のスイッチすなわち花芽形成開始のスイッチの研究を行っています。突然変異体を単離し、遺伝子を単離し、その機能を解析し。ひいては花芽形成開始後の花序形成・花序伸長の各過程の遺伝子支配の研究へと発展させています。(米田好文 東大)

⑧ミドリムシ間期核のDAPI染色画像

(核はDAPIによって蛍光染色され、紫外光をあてると青色にみえる。この写真では蛍光が強く青白色に見える)
体細胞分裂過程は、間期→前期→中期→後期→終期→細胞質分裂というステージに区別される。われわれが通常観察する染色体(脊椎動物細胞)は分裂過程の中期であるが、ミドリムシの場合、間期においても凝縮した染色体を観察することが可能である。(澁澤麻実・渡邊正勝、総研大 葉山)

⑨ショウジョウバエ変異体

国立遺伝学研究所が作成しているショウジョウバエRNAi変異体では、狙った組織で特定の遺伝子の働きを阻害することが可能です。写真では、触角になる細胞でダイオキシン受容体遺伝子の働きを阻害し、触角から脚への「決定転換」を誘導しました。ハエの全15,000遺伝子についてRNAi変異体を揃え、様々な組織でそれぞれの遺伝子の働きを調べることで、ゲノムがどのようにして個体をつくるか、その全体像を明らかにしようとしています。    (上田 龍、国立遺伝学研究所(三島))

⑩Mesostigma viride (メソスティグマ藻綱(旧プラシノ藻綱))

このプランクトンは羊歯やコケの精子に見られるのと同様のMLS鞭毛根を有する、陸上植物の直接的な祖先に近いプランクトン(緑藻)です。陸上植物よりも原始的な点は、細胞壁は無く、代わりに鱗片と称する細胞外被を有する点とフラグモプラストを形成せず”くびれ”により分裂する点です。(松永茂・渡邊正勝 総研大 葉山)

⑪オオムカデノリ

海藻の中には、その色や姿が大変美しく、標本として乾燥した後にもその美しさを留めているものがあります。 この“海藻美術館”では、海藻の美しさ、造形の妙を楽しんでいただければと思います。(吉崎 誠 東邦大学メディアネットセンター「海藻研究日誌」海藻美術館Ⅰ(海藻写真)より)

⑫ヒメコマツの小枝の断面

望遠鏡は2枚のレンズを用いて遠くのものを近くに見る機械です。 顕微鏡も2枚のレンズを用い、小さなものを大きく見る機械です。 望遠鏡は鳥や星など、存在するものを直接見る機械です。 でも、顕微鏡はスライドグラスの上に見たいものをのせてプレパラートを作って見るものです。 積極的に見よう、見るぞという気持ちと、薄い切片を作成する技術とが伴わないと見られないものです。(吉崎 誠 東邦大学メディアネットセンター「海藻研究日誌」顕微鏡画館より)

⑬進化神経行動学とアゲハ

アゲハは花を色で選ぶ。色の識別には、複眼にある6種の光センサーのうち、紫外線・青・緑・赤の4種が使われる。人間の色覚は青・緑・赤の3色性なので、アゲハは人間よりもずっと豊かな色の世界を見ていることになる。色を見るしくみ、意義、進化・・・動物の行動をめぐるさまざまな疑問に、徹底した実験や調査で挑戦するのが進化神経行動学だ。できることは何でもやる。地球環境の変動や花の進化との関係も考える。その先には、人間には想像もつかない世界が広がっている。(蟻川謙太郎,総研大 葉山)

⑭テングザル(ボルネオ島)

動物を観察していると、「彼らはどのように暮らしているのだろうか?」「何を考えているのだろうか?」など、多くの疑問が生じます。僕は動物行動学や生態学の方法・知識を使って、それらの疑問を解明したいと考えています。いままでに、ミーアキャットやハダカデバネズミなどの奇獣珍獣と呼ばれる哺乳類を研究してきました。マレーシアのボルネオを旅しているときに、テングザルに出会いました(写真)。テングザルは、私たちヒトと同じく霊長類の仲間で、オスだけにみられる大きな鼻が特徴的です。なぜ、彼らはこんな大きな鼻をもつように進化したのでしょうか? その疑問はまだ解明されていません。野生動物には、まだまだ多くの謎が残されているのです。
(沓掛展之、総研大 葉山)

ポスターに掲載した種の学名一覧

  • メダカ Oryzias latipes
    イチョウ Ginkgo biloba
    マウス Mus musculus
    シーラカンス Latimeria chalumnae
    シロイヌナズナ Arabidopsis thaliana
    ミドリムシの一種 Euglena sp.
    ショウジョウバエの一種 Drosophila sp.
    Mesostigma viride
    オオムカデノリ Grateloupia acuminata
    ヒメコマツ Pinus parviflora
    ナミアゲハ Papilio xuthus
    テングザル Nasalis larvatus
    ミーアキャット Suricata suricatta
    ハダカデバネズミ Heterocephalus glaber

生物学あれこれ

種とはなにか

生物学の基本的概念のひとつとして「種」がある。エルンスト・マイア(Ernst Mayr, 1904-2005)による定義は

A reproductively isolated aggregate of populations which can interbreed with one another because they share the same isolating mechanisms. (This is Biology, 1997)

有性生殖する真核生物の分類をもとにつくられた概念であるので、遺伝子の水平移動や細胞器官の共生などがおこる生物群ではあいまいとなる。

生物の分類

生物を分類し階層的に体系づける。階層は以下のようになっている。

  • ドメイン domain   (古細菌、真正細菌、真核生物)
    界  kingdom
    門  phylum
    綱  class
    目  order
    科  family
    属  genus (pl. genera)
    種 species (pl. species)

学名とその表記

  • 学名(scientific name)は、生物につけられる名称で、属と種からなる二名法による。ラテン語で表記され、属名のはじめの一文字を大文字にする。後ろに命名者と記載年を添えることがある。英文中ではラテン語部分を斜体にしてラテン語であることを明確にする。日本語文の中での学名表記は、まわりがアルファベットではないので、斜体にする必要はない。属はわかるが種が不明の時には、単数の場合はspeciesを略して sp.を属名のうしろにつける。複数の種であるときには spp. とする。

学名の読み方

  • 大腸菌(だいちょうきん, Escherichia coli (エスケリキア・コリ)略して E. coli を「イー コライ」と発音するとラテン語ではなく米語の読み方となる。
  • 子音の前のPは読まない。たとえば緑膿菌(グラム陰性好気性桿菌の一種) Pseudomonas aeruginosa の読み方は シュードモナス アエルギノサ。Pを読まない英語に入ったラテン語起源のことばの例としては、アポトーシスApoptosisや心理学Psychologyサイコロジーなどがある。
  • またRhのhは読まないなど他にもある。Rhacophorus schlegelii (Günther, 1858) ラコフォラス シュレーゲリイ ぎゅんたー。ぎゅんたー氏が1858年に記載した種である(オランダの)シュレーゲル(Schlegel氏に献名して、Schlegel “の”はラテン語でii )アオガエル(Rhacophorus)」

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